2009年07月01日

経済全体の活動水準である景気において

景気循環(けいきじゅんかん)とは、経済全体の活動水準である景気において、循環的に見られる変動のことである。

景気循環局面の分割については、一循環を拡張局面と後退局面の2局面に分ける考え方と、回復、好況、後退、不況の4局面に分割する考え方がある。2局面分割の場合には、景気拡大の最高点が山で後退局面の最悪時点が谷であり、谷から谷までが1循環とされる。4局面分割では正常な水準から出発して、好況、後退、不況、回復の各局面を経て、再び正常な水準に戻るまでを1循環とすることが多い。
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約40ヶ月の比較的短い周期の循環。短期波動とも呼ばれる。アメリカの経済学者ジョセフ・A・キチンが1923年の論文でその存在を主張したため、「キチンの波」と呼ばれる。主に企業の在庫変動に起因すると見られる。

在庫循環は長く景気循環の基礎であったが、1990年代アメリカの長期好況の中でこの循環は次第に不明瞭になっていった。一時は、景気循環が消滅したとまで言われたが、実際には設備投資の循環などを軸に景気循環は全く衰えていなかった。しかし、21世紀に入って在庫循環が次第に不明瞭になっていることは明らかになっている。グローバル化やIT革命(サプライチェーン・マネジメントの進展→在庫調整の短期化)が要因として挙げられている。


2009年06月13日

星形成の停止

現在の宇宙では、通常の物質(バリオン)の大部分は天体、特に恒星と星間ガスの形で存在している。恒星は時間とともに進化し、軽い星は白色矮星として一生を終える。重い星は進化途中での質量放出や超新星爆発によって物質の大半を星間ガスに戻し、質量の一部が中性子星やブラックホールとなる。星間ガスの高密度の部分が収縮すると再び恒星が生まれる。このようにしてバリオンはリサイクルされているが、恒星の進化サイクルごとにある割合の質量が白色矮星や中性子星、ブラックホールといったコンパクト天体として固定されるため、長い時間が経つと宇宙全体でリサイクル可能なバリオンの量は少しずつ減っていき、やがて星間ガスは尽きて新たな星形成は起こらなくなると考えられる。一説によると、このような状態になるまでの時間はおよそ1014年程度と見積もられている。

星形成が起こらなくなると、宇宙には可視光を放つ天体は次第に減っていき、やがては冷却途中のコンパクト天体の余熱が赤外線や電波で見えるだけになる。
星と光たち
オリンピックの驚き
海のお話
ウサギの秘密
めの付く言葉
音楽歴史
まの付く言葉
バレンタインデー
たばこ禁煙
酒に飲まれて
皮膚科学
為替
アーチェリー
ボイスドラマ
九州
カポエラ
ビオトープ
縄跳び
包装
ソフトボール

ブラックホールの成長 [編集]
質量が太陽の8倍程度よりも重い恒星は超新星爆発を起こす。太陽の20倍程度よりも重い恒星では超新星爆発の後にブラックホールが生まれると考えられている。一つの銀河の中で起こる超新星爆発はおよそ100年に1回程度の割合であるため、ごく大雑把な見積もりでは一つの銀河の中に現在約108個程度の恒星質量クラスのブラックホールが存在することになる。また、1990年代以降の観測によって、多くの銀河の中心には106-8太陽質量という大質量ブラックホールも存在することが明らかになっている。

ブラックホールは周囲の物質を呑み込んで成長していく。また、銀河のような自己重力多体系の中では動力学的摩擦と呼ばれる過程で質量の大きな天体が系の中心に沈んでいく傾向にある。このようにしてブラックホールは成長しながら銀河中心に向かって集まり、互いに合体してさらに成長するといった過程が考えられる。このようにして、やがては銀河中心の大質量ブラックホールが銀河全体の質量を全て呑み込むことになる。このような状態に至るまでの時間はおよそ1030年程度と見積もられている。

物質を呑み込んで成長しているブラックホールは周囲に降着円盤を形成する。降着円盤はX線やγ線を放射するため、この時代の宇宙にはこのようなX線源・γ線源のみが見えるようになる。

宇宙全体には銀河同士が集まった銀河団や、銀河団同士がさらに重力的に引き合ってフィラメント状に連なった大規模構造と呼ばれる構造も存在する。この階層的構造のうち、宇宙膨張から切り離されて力学的平衡状態に達しているのは銀河団までである。従って、銀河質量クラスの超巨大ブラックホール同士が自己重力でさらに集合したとしても、1個に合体できるのは銀河団質量までであり、それより大きな構造についてはブラックホールが合体するより宇宙膨張によって離れる速度の方が速いと考えられる。よって、このようなブラックホールの成長過程はブラックホールが銀河?銀河団程度の質量になった時点で止まり、これ以降はこのような超巨大ブラックホールが宇宙に散在した状態で、互いに宇宙膨張で離れていくことになる。

ブラックホールの蒸発 [編集]
ブラックホールは物質や光を吸い込むと同時に、その質量に応じた温度で熱放射を行って蒸発する。これをホーキング放射と呼ぶ。ブラックホールの温度が外界よりも低い場合には外界の放射を吸収して成長し、ブラックホールの温度が外界よりも高い場合には放射を出して蒸発する。現在の宇宙の温度(宇宙マイクロ波背景放射の温度)は約2.7Kであり、この温度で蒸発できるブラックホールは月の質量程度より軽いブラックホールに限られるが、宇宙が膨張して宇宙背景放射の温度が60nKまで下がると恒星質量程度のブラックホールも蒸発するようになる。さらに10-19K程度にまで宇宙の温度が下がると、銀河質量クラスの大質量ブラックホールも蒸発を始める。宇宙背景放射の絶対温度は宇宙のスケール因子に反比例するので、宇宙がこの温度に達するのは宇宙が現在の 1019 倍の大きさまで膨張した時点である。

2009年06月08日

集合的無意識と神話

ユングは個人のコンプレックスが単一ではなく多数存在し、コンプレックス相互の関係を研究する過程で、更に深層に、自我のありようとは独立した性格を持つ、いわば「普遍的コンプレックス」とも呼べる作用体を見出した。
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それは、男性であれば、自我を魅惑してやまない「理想の女性」の原像であり、また困難に出逢ったとき、智慧を開示してくれる「賢者」の原像でもあった。ユングは、このような「原像」が、個人の夢や空想のなかで、イメージとして出現することを見出したが、個人の無意識に存在するこのような原像が、また、民族の神話や、人類の諸神話にも共通して現れることを見出した。

集合的無意識と古態型

それらの原像は、「乙女」の理想像であり、「年老いた賢者」の像であり、あるいは無限の愛で自我を抱きしめる「大いなる母」の像でもあった。

これらの像は、フロイトの学説にある「抑圧」等が起こる無意識層よりも更に深い位置にあり、民族や人類に共通する原像であった。ユングは、このような像は、個人の体験に基づいて構成されたのではなく、人類の極めて長い時間の経験の蓄積の結果、構成されたもので、遺伝的に心に継承されると考え、これらの像を生み出す性向を、「古態型(Arche-Typ,元型)」と名づけた。

神話的元型が存在すると考えられる無意識の層はきわめて深く、また民族等に共通するため、このような層を、ユングは「集合的無意識(Collective Unconscious)」と定義した。フロイトの力動理論は、無意識の表層、「個人的無意識」で成立する。

2009年04月25日

成人男性の平均身長は160?165?

ラムセス2世のミイラは1881年に発見され、現在はカイロのエジプト考古学博物館に収められている。身長は183?もあり、当時はおろか現代に於いてもかなりの長身であることがわかる(古代エジプトの成人男性の平均身長は160?165?であった)。また、調査によって生前関節炎を患っていたものの、死亡推定年齢が88?92歳とかなりの長命でもあったことも突き止められている(古代エジプト人の平均寿命は35?40歳であった)。生前のラムセス2世の健康状態が高齢に達してなお、極めて優れていたかも理解できる。また、ミイラに残っている頭髪から髪の色は赤茶であると推定されている。

なお、ラムセス2世のミイラはテーベ大司祭パネジュウム2世の家族墓で見つかったが、過去2回埋め直されている。

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今なお生けるファラオ
20世紀後半になって、ラムセス2世のミイラは劣化防止措置を受けるためフランスへ出国し、儀杖兵が捧げ銃を行う国王への礼をもって迎えられた(ミイラの皮膚組織にカビの1種が発生したため、調査を兼ねてカビの除去を行う必要があった)。この時には生きているエジプト人の扱いでパスポートも支給され、職業の欄には「ファラオ」と記入されていたというエピソード(すなわち、エジプト・フランス双方とも「現役のエジプトのファラオが病院に入院するために出国・来訪した」ということで行動した)も伝わっており、偉大なるファラオへに寄せるエジプト人の敬意の深さがうかがえる。

孫娘イシスネフェルトの墓
2009年3月4日、吉村作治率いる早稲田大学・サイバー大学合同古代エジプト調査隊は、エジプトの首都カイロ南方にあるアブ・シール南丘陵遺跡において、ラムセス2世の孫娘であるイシスネフェルトの墓を発見したと発表した。第4王子カエムワセトにはイシスネフェルトという名の一人娘がいたことは判明していたが、丘陵の地下で発見された埋葬室の中に石灰岩製の石棺があり、「イシスネフェルト」という名前が書かれていたことなどから、孫娘と判断した[1]。

だがエジプト考古最高評議会は墓の建築様式や、そもそも古代エジプトにはイシスネフェルトという名前の女性が多かったという理由などから否定的な見方を示していると伝えられており、石棺の中にあった3体のミイラの正体解明については今後の研究が待たれる

2009年04月07日

ゴアトランス

ゴアトランス(英語 Goa Trance )は電子音楽の1種のトランスの1ジャンルである。そのままゴアと呼ばれたり、604(特に海外では符丁としてこう表記する場合もある)などと呼ばれたりもする。

1990年代始めにインドのゴアで生まれた。1980年代後半にドイツで誕生したトランスが、リゾート地でありバックパッカーの聖地でもあるインドの西海岸ゴアで発展したトランス。ゴアにはそれ以前はトランスと呼ばれる音楽はなく、ロックやアシッド・ハウスがパーティで流れていた。有名なDJのRaja RamやGoa Gillはこの頃から活躍していた。

インド音階やイスラム音階などを用いたメロディや、宗教を思わせるパーカッションや音声をサンプリングし、有機的で民族的な楽曲が多いのが大きな特徴である。1990年代前半から後半にかけて大きく流行したが、現在ではゴアトランスから発展したサイケデリックトランスにその座をゆずり、ごくアンダーグラウンドなシーンで静かにその世界を広げている。

当時シーンを牽引したアーティストは大きくイギリス・ドイツ・イスラエル出身者に分かれ(もちろん、他の地域にも居たが)、特にイスラエル出身者の作り出す音をイスラエルトランスとして分けて呼ぶ場合もある。

ジャケットデザインもSHIVAやGANESHAなどのヒンドゥー教の神々をあしらったものや、フラクタル図形をベースデザインに使ったりする事でLSDなどのトリップ感をイメージしたものが多かった。

ゴアトランスは、1994年?1998年ごろに最盛期を迎え、その後、製作・人気の両方の面で急激な衰退を迎えた。それに代わるように、サイケデリックトランス、またはサイトランスと呼ばれるジャンルの隆盛が始まった。

ゴアトランスは、1990年代後半から2000年初頭にかけてのサイケデリックトランスの出現に大きな影響を及ぼしている。 この時期は、この2つのジャンルが融合を果たした時期といえる。専門的な定義を除けば、ゴアトランスとサイケデリックトランスの区別は、個人の好みの問題となっている。よって、その2つを同義語として使う者もいれば、それを聞き分ける者もいる。例えば、「無機質なサイケデリックトランス」と「有機的なゴアトランス」のように区別する者がいる。

多くの国において、ゴアトランスは、他のジャンルのトランス音楽と比較すると、アンダーグラウンドな存在であり、あまり商業的な音楽であるとは言えない。ゴアトランスは、クラブでかけられるというよりは、野外パーティー(レイヴと呼ばれることが多い)や野外フェスで耳にすることが多い。全盛期のゴアトランスを聞くことのできるコンピレーションアルバムとしては、Dragonfly Recordsの「Voyage Into Trance」や「Order Odonata」シリーズを挙げることができる。珠玉の名作が沢山あったのだが、残念な事に当時のレーベルがほぼ壊滅的な状態のため、現在はDragonfly Records以外のもの手に入れるのは非常に困難である。

代表的なアーティスト [編集]
ジュノ・リアクター、サイモン・ポスフォード、Man With No Name、T.I.P. (The Infinity project)、Slinky Wizard、Shakta、Koxbox、Astral Projection、Total Eclipse、トラヴェラーズ系バンドのOZRIC TENTACLESから派生したEAT STATICなど。

バース むぐら ティラミス スカーレット テキーラ 吉日 メルルー ももいし 高潔 サーチ花粋 オーラップ フロア ブイヤ マデイラ シュロ コムタン 滝の白糸 西村 ネガ トール いこて ツリフネソ ミドル マインド ビッグ ラット レックス 夾竹桃 キエフ ラクーン ブルガリ チョッパー メンデル バリウ モルガ ピュアコ バグダッド ひおき マイナ トウガラシ なんぽろ ライフボート ルミッ リアダ ステロール ジャスミン 水玉シャツ ジャンボ シプル パスボール


2009年03月23日

内燃機関車

内燃機関車 [編集]
ケDB10形(油津線)
ケDB11形(油津線)

電気機関車 [編集]
ケED10形(福塩南線)

気動車 [編集]
買収気動車の項も参照のこと

ケキハ500形(宇和島線)
ケキハ510形(古江西線、客車化され松浦線へ)
ケキハ520形(油津線)
ケキハ550形(油津線)
キネテ 紅葉の旅 菊座おり しぼり キューシ チェリー シンボル オートキプ ニース オレン よぶすま ラン タイト フォール オムレツ フーガ グマー ディム ドナルドック かみす ラビ ふじ豆 エッグ エッジボール レプラ タロッ 全国通 タウン ガーネット スイッチ デニム マハラ ロール コロンブス タスク フェーン パツ バルカン スケッチ タロー プレッピ ロッタリ メッキ しとみや スイー ロード ハドロン ゆうじょ テーベ

客車 [編集]
ケフホロハ150形(湧別軽便線)
ケフホハ300形(湧別軽便線)
ケホハニ700形(湧別軽便線)
ケホロハ200形(仙北軽便線→日高線)
ケホハ350形(仙北軽便線)
ケホユニ800形(仙北軽便線)
ケロハ220形(魚沼線)
ケハ370形(魚沼線)
ケフハ310形(魚沼線)
ケニ900形(魚沼線)
ケロハ225形(久留里線)
ケハ375形(久留里線)
ケハニ850形(久留里線)
ケコハ360形(太多線)
ケコハニ830形(太多線)
ケコハニ840形(太多線)
ケホヤ100形(日高線)
ケホロ150形(日高線)
ケホハ430形(日高線)
ケホハ440形(日高線)
ケホハ460形(日高線)
ケホユニ860形(日高線)
ケホユニ870形(日高線)
ケホニ910形(日高線)
ケホロハ210形(日高線)
ケホハ450形(日高線)
ケコハ250形(宇和島線)
軽便用御料車(福塩南線)
ケコヤ10形(福塩南線)
ケコヤ220形(福塩南線)
ケコハ270形(愛媛線)
ケコハ290形(古江西線)
ケコハ300形(古江西線)
ケコハ400形(油津線)
ケコユニ860形(油津線)
ケコハ470形(釜石西線・松浦線)
ケコハニ860形(釜石西線)
ケコハニ870形(釜石西線)
ケハ320形(釜石西線)
ケニ920形(釜石西線)
ケニ930形(釜石西線)
ケコハ510形(松浦線、古江西線ケキハ510形の客車化)

貨車 [編集]
【営業線用】

ケホチ100形(湧別軽便線)
ケホツ300形(湧別軽便線)
ケホト500形(湧別軽便線)
ケホワ1200形(湧別軽便線)
ケホワフ1700形(湧別軽便線)
ケワ1500形(仙北軽便線)
ケワフ1800形(仙北軽便線)
ケト700形(仙北軽便線)
ケフト600形(仙北軽便線)
ケワ1520形(魚沼線)
ケワフ1810形(魚沼線)
ケト720形(魚沼線)
ケフト610形(魚沼線)
ケチ150形(魚沼線)
ケホワ1210形(久留里線)
ケホワフ1150形(久留里線)
ケホト540形(久留里線)
ケホトチ450形(久留里線)
ケワ150形(太多線)
ケト200形(太多線)
ケミ1形(日高線)
ケワ1形(日高線)
ケチ1形(日高線)
ケワフ1形(日高線)
ケワ100形(日高線)
ケト100形(日高線)
ケワフ10形(宇和島線)
ケワ20形(宇和島線)
ケト30形(宇和島線)
ケチ200形(宇和島線)
ケチ250形(宇和島線)
ケワフ40形(福塩南線)
ケワ250形(福塩南線)
ケト150形(福塩南線)
ケト180形(福塩南線)
ケワフ30形(愛媛線)
ケワ40形(愛媛線・古江西線・油津線)
ケワ200形(愛媛線・古江西線・釜石西線・松浦線)
ケト110形(愛媛線・古江西線)
ケト250形(愛媛線)
ケト300形(愛媛線)
ケチ300形(愛媛線・釜石西線)
ケト400形(古江西線・釜石西線)
ケワフ100形(油津線)
ケチ50形(油津線)
ケチ100形(油津線)
ケチ350形(油津線、星倉-大藤間用)
ケワ500形(釜石西線)
ケト1000形(釜石西線)
ケト500形(松浦線)
ケト800形(松浦線)
ケト1200形(松浦線)
ケト1200形(松浦線)
ケセ1形(松浦線)
【工事線用】

ケツチ160形→ケリ150形
ケフツ240形→ケリ150形
ケツ350形→ケリ150形
ケツフ200形→ケリ1形

2009年03月08日

諸地域世界と交流圏

「世界史A」新学習指導要領では、前近代を「諸地域世界と交流圏」として扱うこととするのは、上述のとおりであるが、そのなかで諸地域相互の交流を促進し、「世界の一体化」につながるような交流圏の成立に寄与したのがモンゴル帝国であった。

すなわち、13世紀、ユーラシア大陸ではモンゴル人が、東アジアから東ヨーロッパ、イスラーム世界を覆う空前の大帝国を建設し、それにより各地で勢力の交替が起こったのである。モンゴルによる征服は人びとに恐怖の記憶を刻んだが、その一方で「タタールの平和(パックス・タタリカ)」という言葉に表現されるように、モンゴル人によってユーラシアと北アフリカの諸地域が政治的、経済的にたがいに結びつけられ、国際色豊かな統治体制とそれに支えられた遠隔地商業など東西交流が、その宗教的寛容も相まって空前の繁栄ぶりを呈した。情報技術が整備され、世界紙幣がつくられ、ジャムチ(駅伝制)が各地を結んだ。

杉山正明、岡田英弘らを主とする内陸ユーラシア史の研究者からは、この13、14世紀の大モンゴル時代を世界史におけるひとつの分水嶺ととらえ、「近代」につながる諸要素を指摘する声があがっている[21][22]。杉山らは、モンゴル帝国自身が陸上だけでなく海上の帝国の面もそなえて海上ルートのシステム化をも推進した結果、以後の陸上国家は単なる陸上国家ではなくなったのであり、また、16世紀に隆盛をほこったロシア帝国、オスマン帝国、ムガル帝国、明朝などの大規模国家(ユーラシア近世帝国)はモンゴル帝国およびその地方政権の後継国家としての性格を有し、いわゆる「大航海時代」もモンゴル時代を前提にしなければ理解しにくいことを指摘しており、比較文明史の湯浅赳男、世界システム論の山下範久らの論者もこの観点に着目した所論を展開している[10][14]。また、堺屋太一など、モンゴルが世界史に果たした役割を重視する知識人も少なくない。『堺屋太一が解くチンギス・ハンの世界』などがそれに該当する[23]。堺屋は、このなかで、大量報復思想、信仰の自由、「世界」の3つを「ジンギス・カンの三大発明」と呼称し、従来の統治体制にない3つの思想と手段だとして高く評価している。

13、14世紀のヨーロッパでは、西欧世界が十字軍や東方植民、イベリア半島でのレコンキスタなどによる膨張運動が展開され、これらはいずれもイスラーム世界に対するモンゴルの衝撃と深いかかわりを有していた。そして、そのなかで特に地中海沿岸やバルト海沿岸、および両者をつなぐ内陸部に顕著な都市の発達がみられ、王権の伸張という新しい歴史の動きを生んでいた。
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そしてまた、ポストモンゴル時代の遊牧民は、近世以後も諸帝国をむすびつける役割を果たした。杉山は、「ポスト・モンゴル時代」のティムール帝国はじめ一連のモンゴル国家、明代モンゴルから「最後の遊牧王国」ドゥッラーニー朝(アフガニスタン)までの流れを清、オスマン、ムガルとともに「第五の波」と称している[21]。

モンゴルによって生じたグローバリゼーションの芽は、16世紀以降の「世界の一体化」と深く呼応していた。大航海時代における海洋の時代をむかえるまで、ユーラシア内陸部では馬が一種の船の役割を果たし、古代から中世にかけて歴史的に形成されてきた諸世界を結びつけたのである。

各時代における世界の一体化
以下の各記事を参照。

16世紀と17世紀(一体化のはじまり?大航海と征服・植民地化の時代、オランダ黄金時代と英仏抗争のはじまり)
近世における世界の一体化
18世紀初頭から中葉にかけて(イギリス覇権の確立)
近世から近代にかけての世界の一体化
18世紀後葉から1917年まで(二重革命の時代、パックス・ブリタニカの時代)
近代における世界の一体化
1917年から1967年まで(2度の大戦とアメリカ合衆国の覇権)
近代から現代にかけての世界の一体化
1968年以降(多極化の時代)
現代の世界の一体化

2009年02月19日

ガンダムタイプ(GUNDAM Type)

ガンダムタイプ(GUNDAM Type)は、アニメ作品群「ガンダムシリーズ」に登場する、架空の兵器の分類の一つ。モビルスーツ(あるいはモビルアーマー)のうち、シリーズ第1作『機動戦士ガンダム』に登場したRX-78-2ガンダムをモチーフとした機種を指す。

「ガンダムシリーズ」には、RX-78-2ガンダムをモチーフとした主役モビルスーツがほとんどの作品に登場する。これらは「ガンダムタイプ」と総称されることがある。
ダーラン サフィ サウンド サイド バング レウイ ルンペン レバノン ブラック シード バレー ソフトダ ロッシュ メロン シャーリ おおばなさ クリーン きゅうせき ケマン カイドウ くしびき ハーフ フェア ビリティ ユーエ モッツ ルヒル ヒューズ ライダー 幸福 リンクス マチン ユッケ スリラー YELLOW テレカ ゲート セッション 風の足跡 オンシ 艶姿 検索ジム バースト テレフ ハック プライ ダバード ワクシニア オーバ モンテ

「ガンダム」の名を冠するモビルスーツは主に以下の特徴を持つ。

その時代で最先端あるいは最高レベルの性能を持つ。
試作機・先行量産機・エースパイロット専用機など、一品物である。
特有の頭部デザインを持つ。主なところでは双眼式サブカメラ・額のV字型ブレードアンテナや顎部分の四角いデザインなどが挙げられるが、機体によってはこれが変わる事もある。最も極端な例はブレードアンテナの代わりに「ひげ」を付けた∀ガンダムであるが、それ以外にも俗に「ゼータ顔」と呼ばれる独特のデザインの頭部を持つΖガンダム、アンテナ基部にビーム兵器を搭載したΖΖガンダムや、応急修理でジムの頭部を付けた陸戦型ガンダム、現地改修でブレードアンテナを廃したガンダムEz8のような例もある。
物語の終わり(戦争の終わり)には、ほとんどの機体が撃破もしくは主人公自身の手で破壊される。
ただしガンダムタイプの流れをくむ機体の中でも、「ガンダム」の名を含まないものもある。ガンダム開発計画の中で開発されながら素性を隠すためにデザインまでも変更されたガーベラ・テトラ(ガンダム試作4号機)や、Ζガンダム開発の過程で制作された百式(δガンダム)などの例がある。リック・ディアスは当初「ガンダリウムγ」をモビルスーツで初めて主素材として使用したことから「γガンダム」と呼ばれる予定だったが、この素材を使用した以外にガンダムとの共通点は希薄であることから、クワトロ・バジーナの発案で改名されている。また、ダブルオーライザーはダブルオーガンダムとオーライザーが合体したものだが、ガンダムを超えた存在という意味を込めて名称にガンダムの名を含んでいない。

ガンダムのデザイン
『機動戦士ガンダム』の企画が確立するまでには、主役メカのためにさまざまなデザインが検討されており、例えばパワードスーツとしてデザインされた最初期の案は後にガンキャノンとして採用されている。ガンダムのデザインが確定する前の段階では、ガンダムに人間のものに似た「口」がデザインされていたこともある。[1]ちなみにこの後に作られた『戦国魔神ゴーショーグン』、『宇宙戦士バルディオス』の口はガンダムに良く似た形をしている。

RX-78-2ガンダムのデザインは、ヒーロー然としたスーパーロボットのものから兵器然としたリアルロボットへの橋渡し役にあたるものであるといえる。例えば人間の目に似たデュアルセンサーあるいはサブカメラは、鉄人28号以来の主役ロボットの影響を受けている。ザンボット3、ダイターン3の流れを汲む鎧兜の前立物(鍬形)をモティーフとした角状のアンテナもスーパーロボットには必須のものである。一方で白を基調に青・赤・黄の色の三原色をアクセントとして配したカラーデザインは、より兵器らしさを求め白一色のカラーデザインを検討していた『機動戦士ガンダム』のスタッフと、ロボットアニメらしいカラーデザイン(ガンダム以前のロボットの色は赤・青・黄主体で構成されたことから「ロボット三原色」とも呼ばれた)を求めたスポンサー(おもちゃ会社など)の要求とのせめぎ合いの中で生み出されたものである。結果として、このカラーリングは後のロボットアニメに大きな影響を与え、とりわけ主人公ロボットの定番カラーとなる。

『機動戦士ガンダム』は映画版やプラモデル(ガンプラ)で結果的に大成功を収めた。しかしそれは、「リアル」ロボットの先鋭化へとつながり、一時期「二つ目・角付き」のヒロイックなデザインは「リアルでないもの」とされ、リアルロボットアニメ、そして特撮作品「戦隊」シリーズからすらも姿を消してしまう。「二つ眼」が復活したのは1984年の『重戦機エルガイム』後半の主役エルガイムMK-IIからである[2]。

「ガンダムシリーズ」にあって、後に述べるような宇宙世紀を舞台とした作品群における「ガンダム」の名を冠した機体は、「伝説の名機ガンダムをモチーフにした」ということに特に不自然さはない。しかしそれ以降に作られた、宇宙世紀以外の世界観を舞台とする作品群にあっても全く同様に「ガンダム」という呼称を持つ「二つ目・角付き・白基調で三原色はアクセント」の「モビルスーツ」が登場するのは不自然といえば不自然ではある。これ自体はメインスポンサーとして「ガンダム」という人気キャラクターを展開したいバンダイの意向によるところが大きいのだが、当然のようにファンの間で「それらも正当なガンダムか否か」という物議を醸すことになった。これについては初期のガンダムシリーズを手がけた富野由悠季自ら『∀ガンダム』でこれらを全て「黒歴史」という形で収斂させ、肯定している。

富野は原作者として関わった漫画『機動戦士クロスボーン・ガンダム』の登場人物に「目が二つ付いててアンテナが生えていればマスコミがガンダムにしてしまう」と言わせている。

各世界観におけるガンダム
作品によっては「ガンダム」を称するモビルスーツに特別な意味づけがなされている場合がある。また、 "GUNDAM" という語をなんらかの頭字語(アクロニム)として設定する場合もある。

宇宙世紀におけるガンダム
『機動戦士ガンダム』以降の宇宙世紀世界を描いた作品においては、ガンダムは特に優れた試作モビルスーツの象徴として扱われた。特に地球連邦軍の技術の象徴、さらには連邦軍そのものの象徴でもあったこともあり、例えばティターンズはガンダムMk-IIを自らを正当化するための手段としても用いた。以降もΖガンダムやガンダムF91などのエポックメーキングなモビルスーツが、RX-78-2ガンダムに似た外見と名称を受け継いでいる。なおガンダムが地球連邦軍の象徴だった事は宇宙世紀130年以降では忘れ去られたようで、ガンダムは抵抗のシンボルだと言われるようになった。

なお、宇宙世紀における地球連邦製のガンダムは、"General purpose Utility Non-Discontinuity Augmentation Maneuvering weapon system" (全領域汎用連続増強機動兵器)の略であり。[3]、GUNDAM systemというマーキングが記されているとされる。ただし、この頭字語は一年戦争期からあるものではなく、後から作られたものであるとされているが、いつ頃から使われるようになったかは諸説ある。

元々、この設定はあさのまさひこによって作られ、大日本絵画発行の書籍『GUNDAM WARS I PROJECT Ζ』から『ガンダム・センチネル』に至る過程で発展したものであるが、この時点ではガンダムというモビルスーツが複数作られるようになってから作られたという設定であり、具体的にはガンダムMk-IIあたりからとされていた。しかし、プラモデル『パーフェクトグレード RX-78-2 ガンダム』にもこのマーキングが含まれているため、既にRX-78-2ガンダムの開発時には作られていたのではないかという説もある。
代表的な機体
V作戦
RX-78-2 ガンダム
RX-78NT-1 ガンダムNT-1(アレックス)
 RX-79計画
RX-79[G] 陸戦型ガンダム
RX-79[G]Ez-8 ガンダムEz8
ガンダム開発計画
RX-78GP01 ガンダム試作1号機 "ゼフィランサス"
RX-78GP02A ガンダム試作2号機 "サイサリス"
RX-78GP03 ガンダム試作3号機 "デンドロビウム"
RX-178 ガンダムMk-II
MRX-009 サイコガンダム
MRX-010 サイコガンダムMk-II
Ζ計画
MSN-00100 百式
MSZ-006 Ζガンダム
MSZ-010 ΖΖガンダム
RX-93 νガンダム
フォーミュラ計画
F90 ガンダムF90
F91 ガンダムF91
F97(サナリィ)XM-X1(クロスボーン) クロスボーン・ガンダムX1
F97(サナリィ)XM-X2(クロスボーン) クロスボーン・ガンダムX2
F97(サナリィ)XM-X3(クロスボーン) クロスボーン・ガンダムX3
Vプロジェクト(V計画)
LM312V04 ヴィクトリーガンダム
LM314V21 V2ガンダム

未来世紀におけるガンダム
『機動武闘伝Gガンダム』においては、各コロニーの威信をかけた代表選手としてのモビルファイターを指す。これらは頭部デザインこそある程度の共通性はあるが、ボディはまさしく「なんでもあり」である。

ただし、本来は「ガンダリウム合金を使用したモビルスーツ」("Gamma UNificational Dimalium Amalgam Mobile-suit")のことを指し、高性能なモビルスーツの代名詞であった。すなわち、全てのモビルファイターはガンダムであるが、全てのガンダムがモビルファイターというわけではない。ただしこれは設定上の問題であり、作中に登場したガンダムはほぼ全てがモビルファイターである。

ガンダムファイトに使用されるガンダムは上記の他に "Govern of Universe Nation Decide Advanced Mobile-suit" (宇宙を支配する国を決める新たなモビルスーツ)の略という意味も付加されている(原典には Unverse とあるが Universe の誤りであろう)。こちらの意味についてはGガンダムも参照のこと。

代表的な機体
GF13-017NJ シャイニングガンダム
GF13-017NJII ゴッドガンダム
GF13-006NA ガンダムマックスター
GF13-011NC ドラゴンガンダム
GF13-009NF ガンダムローズ
GF13-013NR ボルトガンダム
GF13-050NSW ノーベルガンダム
GF13-001NHII マスターガンダム
GF13-021NG ガンダムシュピーゲル
JDG-00X デビルガンダム
JMF-1336R ライジングガンダム

アフターコロニーにおけるガンダム
『新機動戦記ガンダムW』では、「ガンダニュウム合金を使用したモビルスーツ」("Genetic on Universal Neutraly Different Alloy-nium Mobile suit")のことを指す。中でもウイングガンダムゼロを基礎として開発された、コロニー側が「オペレーション・メテオ」のために建造した5機のモビルスーツおよびこの系統に属する機体を指し、同じガンダニュウム合金を使用しているヴァイエイトやメリクリウス、ビルゴシリーズはガンダムとは呼ばれていない。小説版では本来「ガンダム」はトールギスの開発中のコードネームという設定であった。

代表的な機体
XXXG-00W0 ウイングガンダムゼロ
XXXG-01W ウイングガンダム
XXXG-01D ガンダムデスサイズ
XXXG-01D2 ガンダムデスサイズヘル
XXXG-01H ガンダムヘビーアームズ
XXXG-01HC ガンダムヘビーアームズ改
XXXG-01H2 ガンダムヘビーアームズ改
XXXG-01SR ガンダムサンドロック
XXXG-01SRC ガンダムサンドロック改
XXXG-01SR2 ガンダムサンドロック改
XXXG-01S シェンロンガンダム
XXXG-01S2 アルトロンガンダム
OZ-13MS ガンダムエピオン
OZX-GU01A ガンダムジェミナス01
OZX-GU01LOB ガンダムL.O.ブースター
OZX-GU02A ガンダムジェミナス02
OZ-10VMSX ガンダムアスクレプオス
OZ-10VMSX-2 ガンダムバーンレプオス
OZ-15AGX ハイドラガンダム
OZ-19AGX ガンダムグリープ

アフターウォーにおけるガンダム
『機動新世紀ガンダムX』では、ニュータイプ能力に反応するフラッシュシステムを搭載し、サテライトキャノンの初期起動やビットモビルスーツの遠隔操作が可能なモビルスーツを指す。これらの総称として「ガンダムタイプ」という言葉が用いられている。これらは第7次宇宙戦争に旧地球連邦軍の決戦兵器として投入されほとんどが失われたが、アフターウォーの時代にあってはガンダムを手に入れられれば天下無敵のモビルスーツ乗りになれると噂され、モビルスーツ乗りやバルチャーにとって垂涎の的であった。又、旧連邦の残存勢力が新連邦を結成する過程でも幾つかのガンダムタイプを試作している。

代表的な機体
GT-9600 ガンダムレオパルド
GT-9600-D ガンダムレオパルドデストロイ
GW-9800 ガンダムエアマスター
GW-9800-B ガンダムエアマスターバースト
GX-9900 ガンダムX
GX-9900-DV ガンダムXディバイダー
GX-9901-DX ガンダムダブルエックス
NRX-0013 ガンダムヴァサーゴ
NRX-0013-CB ガンダムヴァサーゴ・チェストブレイク
NRX-0015 ガンダムアシュタロン
NRX-0015-HC ガンダムアシュタロン・ハーミットクラブ

正歴におけるガンダム
『∀ガンダム』の正暦世界においては、ガンダムという存在はムーンレィスの伝説で「宇宙移民の大いなる迫害者」として語り継がれている。地球上においてはガンダムという名前は忘れられているが、アデスカの伝説に「白い悪魔」という巨人(白い悪魔はガンダムの異名の一つである)が語られているなど、断片的に記憶されている。

劇中において、地球人が「ホワイトドール」と呼んでいた機械人形のことを最初に「ガンダム」と呼んだのはコレン・ナンダーで[4]、彼は後に月光蝶が発動する様子を見てウイングガンダムゼロらしき機体を連想している[5]。テテス・ハレはガンダムの伝説と∀の記号からこの機体を「∀ガンダム」と呼んだ。ある程度この機体を知る人物は「ターンエー」と、その他の登場人物は「ホワイトドール」あるいは「ヒゲ」と呼んでいた。∀ガンダムそのものは「ターンタイプ」とも呼ばれており、両タイプのハイブリッド(「ターンタイプ」の「ガンダム」)を思わせる表現も劇中で登場している。 アニメではこの機体以外に「ガンダム」は登場しなかったが、小説版や漫画版では黒歴史の遺産として他のガンダムらしき機械人形が登場した。

代表的な機体
System-∀99(本来)WD-M01(ミリシャ内) ∀ガンダム

コズミック・イラにおけるガンダム
『機動戦士ガンダムSEED』、『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』 においては他の世界観の作品群と異なり、「ガンダムタイプの機体」は「ガンダム」の名称を機体名として採用しておらず、ストライクガンダムであれば正式名称は「ストライク」となる。 そもそも『SEED』及び『SEED DESTINY』における「ガンダム」という名称は、SEEDの主人公であるキラ・ヤマトがストライクに初めて搭乗した時にOS起動画面で表示された General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver ___Synthesis System(単方向の分散型神経接続によって自律機動をおこなう汎用統合性システム) という文章の頭文字を「GUNDAM」つまり、「ガンダム」と読んだことからである。

「ガンダム」の名称は、OSあるいは機体全体のシステムの呼称から採られた頭字語の扱いとなっていて、一部の登場人物のみが「ガンダム」の呼称を使用している。『機動戦士ガンダムSEED DESTINY ASTRAY』では、劇中の登場人物による「俗にガンダムタイプと呼ばれる」という表現がある。

ただ、これらの定義に当てはまらない、あるいは当てはまるための要件がストーリー中や設定上で語られていない機体もある。ガンダムアストレイ、ハイペリオンガンダム、ライゴウガンダム、ドレッドノートガンダム等がそれにあたる。

代表的な機体
GAT-X102 デュエルガンダム
GAT-X1022 ブルデュエルガンダム
GAT-X103 バスターガンダム
GAT-X103AP ヴェルデバスターガンダム
GAT-X105 ストライクガンダム
GAT-X105E ストライクノワールガンダム
GAT-X207 ブリッツガンダム
GAT-X207SR ネロブリッツガンダム
GAT-X303 イージスガンダム
GAT-X303AA ロッソイージスガンダム
GAT-X131 カラミティガンダム
GAT-X133 ソードカラミティガンダム
GAT-X252 フォビドゥンガンダム
GAT-X255 フォビドゥンブルー
GAT-X370 レイダーガンダム
GFAS-X1 デストロイガンダム
ZGMF-X09A ジャスティスガンダム
ZGMF-X19A インフィニットジャスティスガンダム
ZGMF-X10A フリーダムガンダム
ZGMF-X20A ストライクフリーダムガンダム
ZGMF-X11A リジェネレイトガンダム
ZGMF-X12A テスタメントガンダム
ZGMF-X13A プロヴィデンスガンダム
ZGMF-X23S カオスガンダム
ZGMF-X31S アビスガンダム
ZGMF-X88S ガイアガンダム
ZGMF-X56S インパルスガンダム
ZGMF-X23S セイバーガンダム
ZGMF-X42S デスティニーガンダム
ZGMF-X666S レジェンドガンダム
MBF-02 ストライクルージュ
ORB-01 アカツキガンダム
GSX-401FW スターゲイザーガンダム
初期GAT-Xシリーズ及びアクタイオン・プロジェクト及びアカツキの起動画面
General: Unilateral: Neuro-Link: Dispersive: Autonomic: Maneuver: ___Synthesis System: 「単方向の分散型神経接続によって自律機動をおこなう汎用統合性システム」の意であり、モビルスーツの操縦を神経接続によって補佐する。マニピュレーター等の操作にはフィードバック機能が備わり、発揮するトルクに比して精密な動作をこなす事ができ、パイロットはまるで自分の体を動かすような錯覚さえ覚える。このシステムは後に開発されたモビルスーツにも受け継がれ、当初(未完成だった時点)はコーディネイターにしか扱えないほどプログラムに問題が多かったが、後にモルゲンレーテ社により改良されナチュラルの神経接続にも適合可能となっている。
デストロイの起動画面
Gigantic: Unilateral: Numerous: Dominating: AMmunition: 「巨大制圧火器集約要塞」の意。
ザフト軍ZGMF-Xシリーズの起動画面
Generation: Unsubdued: Nuclear: Drive: Assault: Module: ___Complex: 「核駆動を使った世代の強襲モジュール兵装複合体」の意。『SEED』の小説版では、フリーダムに搭乗したキラ・ヤマトが、このOSを開発者が趣味で頭字語が初期GATシリーズのG.U.N.D.A.M.と同一となる様にしたと推測している。
セカンドステージシリーズの起動画面
Generation: Unrestricted: Network: Drive: Assault: Module: 「無制限のネットワーク駆動世代の強襲モジュール」の意。デュートリオンビーム送電システムを搭載している機体のOS。
デスティニー及びレジェンドの起動画面
GUNNERY: UNITED: NUCLEAR-: DUETERION: ADVANCED: MANEUVER: ___SYSTEM: 「核・デュートリオン統合先進機動砲撃システム」の意。
スターゲイザーの起動画面
Guider: UNmanned: Deployment: Autonomic: Manipulation: 「無人・自律運用展開教導機」の意。

西暦におけるガンダム
『機動戦士ガンダム00』では、武力による全世界の戦争行動の根絶を目指す私設武装組織「ソレスタルビーイング」(CB)の主力兵器として登場。この世界のガンダムは、全機が「GNドライヴ」(通称:太陽炉)(スローネシリーズ及び量産型であるGN-X(ジンクス)のGNドライヴはタイプが異なるGNドライヴ[T](タウ)(通称:擬似太陽炉)と呼称され、量産が可能だが、本来の太陽炉は五基しか存在しない。)と呼ばれる半永久機関を搭載し、他勢力の兵器と比較して、あらゆる面において世代を飛び越えた高性能機として扱われている。

CBの主戦力は基本的に僅か4機のガンダムに占められ、これらだけで大国に匹敵する戦力を持つとされる。しかし、動力源である太陽炉の製造には莫大な時間や高重力下の環境が必要であり他組織への情報流出・鹵獲などを防ぐため、起動時にはパイロットのバイオメトリクスを必要とし、機体が大破・鹵獲される前に太陽炉を本体から切り離して守ることからガンダムもパイロットも超極秘情報となっている。また、ガンダムは「ソレスタルビーイングの理念(戦争根絶)を体現する機体」と説明されており、ガンダムエクシア及びダブルオーガンダムのパイロットである刹那・F・セイエイはしばしば「自分がガンダム(戦争根絶を体現する者)である」という趣旨の発言を行っている。

しかし、擬似太陽炉流出経緯を知る政府及び軍関係者はGN-Xもガンダムタイプという認識である。搭乗したソーマ・ピーリスはGN-Xの性能を「ガンダムの力」と称していたのはその一例である。ソレスタルビーイング側もGN-Xをガンダムタイプと判断しており、スメラギ・李・ノリエガが「ガンダム同士の戦いになる」と発言した他、2ndシーズン第2話の予告ではダブルオーガンダムは「ガンダムを駆逐するガンダム」であると語られている。またGN-Xの後継機であるアヘッドは当初ガンダムのコピー機として開発され、試作段階ではガンダムに良く似た外見だったが、世論への配慮のため外装デザインを変更させられたという設定が存在するなど、一般市民レベルではガンダムに対して「テロリズムの象徴」「平和の破壊者」という認識が大多数であり、特に連邦加盟国では恐怖や憎悪の対象となってしまっている。故にガンダムを支持し英雄視するのは専らカタロンなどの反地球連邦勢力である。

代表的な機体
第1世代機
GN-000 オーガンダム
第2世代機
GNY-001 ガンダムアストレア
GNY-001F ガンダムアストレアTYPE-F
GNY-001F2 ガンダムアストレアTYPE-F2
GNY-002 ガンダムサダルスード
GNY-002F ガンダムサダルスードTYPE-F
GNY-003 ガンダムアブルホール
GNY-003F ガンダムアブルホールTYPE-F
GNY-004 ガンダムプルトーネ
第3世代機
GN-XXX ガンダムラジエル
GN-001 ガンダムエクシア
GN-001/hs-A01 ガンダムアヴァランチエクシア
GN-001+GNR-001E ガンダムエクシアGNアームズTYPE-E
GN-001RE ガンダムエクシアリペア
GN-002 ガンダムデュナメス
GN-002/DG014 ガンダムデュナメストルペード
GN-002+GNR-001D ガンダムデュナメスGNアームズTYPE-D
GN-003 ガンダムキュリオス
GN-003/af-G02 ガンダムキュリオスガスト
GN-004 ガンダムナドレ
GN-004/te-A02 ガンダムナドレアクウオス
GN-005 ガンダムヴァーチェ
新世代機
GN-0000 ダブルオーガンダム
GN-0000/7S ダブルオーガンダムセブンソード
GN-0000+GNR-010 ダブルオーライザー
GN-006 ケルディムガンダム
GN-006/SA ケルディムガンダムサーガ
GN-007 アリオスガンダム
GN-007+GNR-101A アーチャーアリオス
GN-008 セラヴィーガンダム
GN-009 セラフィムガンダム
スローネシリーズ
GNW-001 ガンダムスローネアイン
GNW-001/hs-T01 ガンダムスローネアイントゥルブレンツ
GNW-002 ガンダムスローネツヴァイ
GNW-20000 アルケーガンダム
GNW-003 ガンダムスローネドライ

2009年02月03日

龍造寺 隆信(りゅうぞうじ たかのぶ)

龍造寺 隆信(りゅうぞうじ たかのぶ)は、戦国時代における肥前の大名。
メイン フェムト ブレンダー オーダ ジャッキ プロデ ハンド ヨーグルト ひょう リゾット しゅうばつ メーター ダンク デマンド サイトゲ バオアン アコウ カーレ アオイル カーネル モルヒ スター メトロ アシカ センチュリー カルーセル サラダ キャメ バック レイヤー 笑い話 風の子 リットル オジギソ りゅうら 宝石箱 ダンス ウンディー リベット アウテ ビー ジャケブル イバナ バタフラ いもがゆ トラックク レース バズーカ コリドー ブレーク

“五州太守”の称号を好んで用い、「肥前の熊」ともいわれた。仏門にいた時期は「円月坊」、還俗後は「胤信」を名乗る。本姓は藤原氏を称した。大友氏を破り、島津氏と並ぶ勢力を築き上げ、九州三強の一人として称されたが、島津・有馬氏の連合軍との戦い(沖田畷の戦い)で敗死した。

享禄2年(1529年)2月15日、龍造寺家兼の孫に当たる龍造寺周家(肥前佐嘉水ヶ江城主)の長男として生まれる。幼少期は宝琳寺の大叔父・豪覚和尚の下に預けられて養育された。

天文14年(1545年)、祖父・龍造寺家純と父・龍造寺周家が、主君である少弐氏に対する謀反の嫌疑をかけられ、少弐氏重臣の馬場頼周によって誅殺される。隆信は曽祖父の家兼に連れられて筑後の蒲池氏の下へ脱出した。翌天文15年(1546年)、家兼は蒲池鑑盛の援助を受けて挙兵し、馬場頼周を討って龍造寺氏を再興するが、その直後に家兼は高齢と病のために死去した。このとき、家兼は隆信の器量をすでに見抜いており、還俗して水ヶ江龍造寺氏を継ぐようにと遺言を残している。

こうして隆信(還俗後のこの時期は胤信と名乗っていた)は水ヶ江龍造寺氏の家督を継いだ。その後は龍造寺本家の当主・胤栄に従い、天文16年(1547年)には胤栄の命令で主筋に当たる少弐冬尚を攻め、勢福寺城から追放した。

天文17年(1548年)、龍造寺胤栄が亡くなったため、隆信はその未亡人を娶り、本家の家督も継承することとなる。しかし隆信の家督継承に不満を持つ家臣たちも少なくなく、隆信はこれを抑えるために当時西国随一の戦国大名であった大内義隆と手を結び、偏諱によって隆信と名乗った。隆信は大内氏の力を背景に家臣たちの不満を抑え込む。

肥前統一
天文20年(1551年)、大内義隆が家臣の陶晴賢の謀反により死去すると、後ろ盾を失った隆信は家臣の土橋栄益らによって肥前を追われ、筑後に逃れて再び柳川城主の蒲池鑑盛の下に身を寄せた。そして天文22年(1553年)、蒲池氏の援助の下に挙兵して、肥前の奪還を果たしている。

その後は勢力拡大に奔走し、永禄2年(1559年)にはかつての主家であった少弐氏を攻め、勢福寺城で少弐冬尚を自害に追い込んで大名としての少弐氏を完全に滅ぼした。また、江上氏や神代氏などの肥前の諸豪族を次々と降し、永禄3年(1560年)には千葉胤頼を攻め滅ぼしている。さらに少弐氏旧臣の馬場氏、横岳氏なども下し、永禄5年(1562年)までに東肥前の支配権を確立した。

このような急速な勢力拡大は近隣の有馬氏や大村氏などの諸大名を震撼させ、永禄6年(1563年)に両家は連合して東肥前に侵攻するが、隆信は千葉氏と同盟を結んでこの連合軍を破った。これにより南肥前にも勢威が及ぶようになったため、今度は豊後の大友宗麟が隆信を危険視し、少弐氏の生き残りである少弐政興を支援し、これに馬場氏や横岳氏ら少弐氏旧臣が加わって隆信に対抗する。永禄12年(1569年)には宗麟自らが大軍を率いて肥前侵攻を行なうが、毛利元就が豊前に侵攻してきたため、宗麟は肥前から撤退した。

その後、元就を破った宗麟は、元亀元年(1570年)に弟の大友親貞を総大将として6万と号する大軍を組織し、肥前に侵攻させる。しかし隆信はこれを鍋島信生(後の直茂)による奇襲策によって撃退し(今山の戦い)、大友氏と有利な和睦を結ぶことに成功した。隆信は今山の戦いで勝利は収めたものの、その後も大友氏に従属していた。今山の戦い以降も、大友氏が軍勢動員の触れを隆信に送っており、また息子の政家が一時期「鎮賢」(大友義鎮の鎮から)と名乗っている。隆信が周辺豪族を滅ぼす、従属させるたびに宗麟から詰問の使者が来ていたが、結局既得権として切り取った領土を認められ、耳川の戦いまでに確実に領土を広げ、力を蓄えていた。

元亀3年(1572年)には少弐政興を肥前から追放する。天正元年(1573年)には西肥前を平定し、天正3年(1575年)には北肥前を平定する。天正4年(1576年)には南肥前に侵攻し、天正5年(1577年)までに大村純忠を降し、天正6年(1578年)には有馬晴信を降して肥前の統一を完成した。これを機に家督を嫡男の龍造寺政家に譲って隠居する(隠居した年は天正9年(1581年)説もある)。しかしなおも政治・軍事の実権は握り続けた。

勢力拡大
天正6年(1578年)、大友宗麟が耳川の戦いで島津義久に大敗すると、隆信は大友氏の混乱に乗じて大友氏の勢力圏の奪取に努め、天正8年(1580年)までに筑前や筑後、肥後、豊前などを勢力下に置くことに成功した。

しかし天正8年(1580年)、筑後の蒲池鎮並を謀殺し、次いで柳川の鎮漣の一族を皆殺しにし、さらに人質として預かっていた赤星統家の息子を殺すなど、次第に内部の粛清を頻繁に行うようになる。天正9年(1581年)には相良氏を破った島津氏の北上が始まったため、隆信はこれに対抗するために天正11年(1583年)、政家を肥後に侵攻させ、一時は島津軍を圧倒している。

最期
天正12年(1584年)、有馬晴信が龍造寺氏から離反する。これを機に島原半島における龍造寺方の諸豪族が動揺し始めたため、隆信は自ら大軍を率いて島津・有馬連合軍との決戦を決意する。このとき、龍造寺軍は6万(諸説あり)という大軍であったが、敵の知将・島津家久の前に一敗地に塗れて多くの将兵を失い、隆信自身も島津氏の家臣・川上忠堅に討ち取られてしまった(沖田畷の戦い)。享年56。この大敗は龍造寺氏の没落を決定づけ、重臣の鍋島直茂は主君である隆信の遺骸を放置したまま、かろうじて佐賀へ逃げ帰る有様だったとされる。

現在、隆信の公式の墓所は鍋島氏と同じ佐賀県高伝寺にあるが、戦いで討ち取られた首の行方には諸説あり(人物・逸話も参照)、「隆信の塚」と称する物が長崎県や佐賀県内に散在している。

人物・逸話
曽祖父の家兼は隆信の才能を見抜き、「長法師丸は大器である」と評したとされる。
宣教師が残した記録には、「肥前の国主はカエサルに似たり」と記されている。
若い頃から何度も肥前を追われた経緯からか、疑心暗鬼にかられやすい冷酷な人物であったと言われている。そのために『肥前の熊』という渾名をつけられた。また、普段から家臣に冷たく接していたため、沖田畷の戦いで敗色濃厚となったとき、隆信の輿を担ぐことに嫌気の差した側近たちは輿を放り捨てて逃げ、そのため隆信は逃げ遅れて討ち取られたという逸話がある。
このように隆信の人間性については、事績に基づいて否定的に語られることが多い。しかし、そうした冷酷非情さや狡猾さがあればこそ、肥前の一国人にすぎなかった龍造寺氏が、隆信一代で九州三強の一角にまでのし上がったのではないかという意見もある。[1]
筑後の蒲池鎮漣(鎮並)は、当初は岳父になる隆信(鎮漣の父の鑑盛に助けられた恩から、隆信は娘の玉鶴姫を鎮漣の妻にしていた)の筑後侵攻にも協力している。隆信にとっては鎮漣は娘婿であり筑後における強力な与力でもあった。しかし、隆信は九州中央への進出のため筑後を領有化せんとして鎮漣と対立し、口実を設けて天正8年(1580年)に2万の兵で柳川城を攻めている。しかし九州屈指の難攻不落の城に手こずり、とりあえず鎮漣の伯父であり、隆信側に立っていた田尻鑑種の仲介で和睦する。その後、天正9年(1581年)に鍋島直茂などと謀り、隆信は和解の猿楽の宴と称して鎮漣を肥前に誘き寄せて騙し討ちにし、残った柳川の蒲池氏一族も皆殺しにした(柳川の戦い)。その冷酷さは龍造寺四天王の一人・百武賢兼などの腹心からも疑問を持たれ、賢兼は出陣を促す妻に対して「こたびの鎮漣ご成敗はお家を滅ぼすであろう」と答えてしきりに涙を流し、ついに最後まで出陣しなかったほどであった。また隆信の尖兵となった田尻鑑種ものちに隆信から離反している。この蒲池鎮漣の謀殺と一族の殺戮は、黒木家永、蒲池益種(黒木益種)、田尻鑑種など、筑後の国人のあいつぐ離反や蜂起を招き、結果的に隆信は筑後経営に手こずることとなり、没落の遠因の一つともなった。
若い頃から肥前統一までは、英気にあふれた人物だったといわれる。しかし隠居した後は酒色に溺れて鍋島直茂を政務から遠ざけるなど、乱行が目立ったとされる。
相当に肥満した人物で、馬に乗ることができなかったという。沖田畷でも逃走する時に輿を使わざるを得なかったとされているが、そのために敵の武将・川上忠堅に場所を知られることになったとされる。
沖田畷での敗戦は、龍造寺軍の将兵が泥田に足を取られて身動きできずにいたにも関わらず、隆信が無謀な攻撃命令を出したため、兵が自暴自棄になって敗れたという説もある。
島津軍に討ち取られた隆信の首級は後に龍造寺家へ返還されることになったが、鍋島直茂に返還を拒否されたといわれている。ただし、これは島津が首級を返還しに来ると同時に、龍造寺家中の様子を探るつもりだと読んだ直茂が付け入る隙を与えないために拒否したものといわれる。島津側に持ち帰られた首は隆信に因縁のあった赤星親家の未亡人に引き渡されてなぶり物にされたとも、島津家久によって願行寺(玉名市)に葬られたとも、島原の川に流されたとも言われる。
隆信には駿河の戦国大名・今川義元との共通点が多く見られる。「一度は仏門に入ったが還俗して家督を継いだ」「肥満体で馬に乗れず、戦場では輿に乗っていた」「大軍を率いていたにも関わらず寡兵に惨敗し、戦死した」など(ただし、義元が肥満体で馬に乗れないために輿に乗っていたという話は疑問視されている)。
隆信の残した言葉として「分別も久しくすればねまる」というものがある。「ねまる」とは「腐る」の意で、熟慮も過ぎると却って期を逃したり、悪い結果になる事もあるので、ここぞという時は迅速な決断力が必要である、という意味である。この考えを実践した結果、一代で龍造寺家の版図を大きく広げた一方、少しでも疑いのある人物は次々に処断したりと人望を失う行為も多々行っており、良くも悪くも隆信の人生を左右する結果となった。

家臣団
一門衆:龍造寺政家、江上家種、後藤家信、龍造寺信周、龍造寺長信、龍造寺家就、龍造寺鑑兼、龍造寺家晴、龍造寺家良、龍造寺康房
参謀:鍋島直茂
龍造寺四天王:成松信勝、江里口信常、百武賢兼、円城寺信胤/木下昌直
両弾二島:大村弾正、犬塚弾正、百武志摩守、上瀧志摩守
その他:小河信安、小河信俊、倉町信俊、執行種兼、納富信景、上瀧信重、鍋島信房、成富茂安、石井生札、安住家能、出雲氏忠、江副信俊、徳島胤順、秀島家周、内田兼智、鴨打胤忠、石井兼清、石井常忠、石井信忠、石井忠修

2009年01月20日

トランポリン(Trampoline)

トランポリン(Trampoline)は、四角、もしくは丸型の枠に伸縮性のある丈夫な布を張り渡しゴム・ケーブルまたはスプリングで固定した運動器具。この上で人が跳躍をくり返すと反発力により、何も用いない時の数倍もの高さにジャンプすることが可能となる。

起源は中世のサーカスだといわれているが、スポーツとして普及したのは1930年代以降、日本に紹介されたのは1959年(昭和34年)である。今ではレクリエーションに、競技に、エクササイズに、他の運動種目のトレーニング用に、と幅広く活用され楽しまれている。オリンピックでもトランポリン競技が2000年シドニーオリンピック大会から正式種目となっている。

スチールで出来た枠は「フレーム」、布部分は「ベッド」という。ベッドは多数のゴム・ケーブルまたはスプリングで枠に固定する。 フレームの上にはクッション材として「フレームパッド」を置く。 折りたたんで収納できるようになっている。

サイズ
体操競技用のものは長方形のフレームだが、家庭でエクササイズに用いる物には丸いフレームのものもある。

スモールサイズ:ベッドサイズが約3m×1.5m
ミドルサイズ:約3.6m×1.8m
ラージサイズ:約4.3m×2.1m(公式競技用)

跳び方
基本的にはまっすぐ立って膝を曲げずに跳躍する。跳躍を繰り返すうちにどんどん高く跳躍できるようになる。手を上げ下ろし、あるいは左右に動かしてバランスを取る。

垂直跳び以外に、膝落ち(ニードロップ)、腰落ち(シート)、腹落ち(フロントドロップ)、捻り跳び(ピルエット)、抱えとび(タック)、四つんばい落ち、 開脚跳び(ストラドル)、閉脚跳び(パイク)、ターンテーブル、ローラー、スィブルヒップス、バラニー、ルディー、ランディー、エディー、など色々な技(跳び方)があり、トランポリン競技ではこれらから10種目を組み合わせて演技する(跳ぶ)。

跳躍を止める時は、着地時に膝と腰を曲げて反発力を吸収し、両手を斜め上に上げてバランスを取って止まる。

注意点
高く跳んでいるときにバランスを崩してフレームに着地したりベッドから落下すると大変危険である。跳躍はできる限りベッド中央で行うこと。トランポリン使用の際は指導者の監督の下、周りに複数の補助者を配置しておく必要がある。

色々なトランポリン

レクリエーション・トランポリン
略して「レクトラ」。楽しむためのトランポリン。 高く跳ぶことで開放感を味わうことができる。空中でのバランス感覚を養うことができる。市立体育館でトランポリン教室を開いている自治体、クラブ活動や体育の授業に取り入れている学校、園庭にトランポリンを備えている幼稚園などもある。また、トランポリンを置いている遊園地もある。

バッヂテスト:日本トランポリン協会では初心者が自分の上達を確認できるように1級から5級までのバッヂテストを実施している。
シャトル競技:トランポリンを2台並べ、2人の競技者が向き合って交互に跳ぶ競技。

競技トランポリン
個人競技:一人ずつ飛んで演技を競う
シンクロナイズド競技:2人1組となり、トランポリンを2台並べて2人が同時に同じ10種目を跳び、他の組と演技を競う。
オリンピックでも2000年シドニー大会から、新体操と並び、体操競技の一部門として正式種目となっている。(トランポリン競技参照)大学でもトランポリンクラブがあり、全日本学生トランポリン選手権大会(インカレ)も42回(2007年度)を数え、団体戦と個人戦があり、男子強豪校は日本体育大学、金沢学院大学、早稲田大学、慶應義塾大学、学習院大学など、女子強豪校は日本体育大学、金沢学院大学、早稲田大学、阪南大学、文教大学などで、大学日本一を目指ししのぎを削っている。

エクササイズに
全身運動であり、垂直に跳ぶだけでも見た目には想像もつかないほどの運動量となる。 練習場に設置されている共用トランポリンの場合、長くても1分程度で交代するべきである(疲労による事故防止も兼ねる)。 ジャンプの高さにより、身体には3?10倍超のG加重負荷がかかる。 家庭におけるエクササイズ用に枠が丸く負荷の小さなミニトランポリンが市販されている(但し市販のものは鉄枠にマットが張られていないなど安全面で不安のある製品があるので注意されたい)。
レイアグト シアー リトル インジゴ マテハン トリプシン 万木かぶ ストロボ あんず ミング ローカル シャボン アーチ トミート スケー りゅう バーバー テンニン 対策いな パスタ 世界の橋 トレッ パレット レセル イスト トワイライ スター マカロ フォト はつとら ローン ザコン こくちょ ミシシ ミート ブーイ ディティ メルヘ ダウンタ バイフォー ゼット 発酵SEO フェムトセル 夕焼けの丘 サンテ ドリア ノーサイド タギング オミット オプシン

トレーニングに
体操、飛び込み、エアリアルスキー、スノーボード、アイススケート、バレーボールなど、空中の回転・捻り技など空中動作を練習するのに用いられる。

批評
バランス感覚、調整力、脳神経の発達、空中動作の習得などかなり有益な運動ではあるが、見た目の軽やかな動作から空中における回転が容易だという印象を与えやすい。

だが実のところ、硬く踏ん張りの効く地上で回転のできない者が、柔らかく踏ん張りの効かないトランポリンベッド上で回転を行うということは、タイミングの勘違いから事故になる確率が非常に高くなる。 運動能力の高い者や、若い男子などは特にこういった自己過信に陥りやすく、時に悲しい事故報道を聞く。 しかし、正しいスポーツジムや指導者の居る環境では怪我の割合は一般のスポーツと変わりない。

トランポリン競技の指導者によると、まずはトランポリンそのものに十分慣れる期間と、回転の伴わない安全な上記バッチテストを行い、それらを習得しただけでなくしっかりと身に付けてた後、さらに段階練習を経て回転動作練習を始めることを絶対としている。

回転練習時には、資格を持った指導者・正しく整備された器具・練習動作の補助を行うスポッターマットや人を配置したうえ、段階を経てから行う。決して一人では行うべきではない。

疲労度
トランポリン初心者の場合は跳んだあと、後日筋肉痛になる場合がある。 トランポリンで跳ぶという動作は日常の生活で意識的に使用しない筋肉を強く使うためであり、トランポリンを跳んだあとは背中全体、大腿部、ふくらはぎや首などが筋肉痛になる場合がある。もちろん痛みの程度は運動強度・時間に比例する。 競技規格トランポリン以外のミニトランポリンでのエクササイズや、数回跳ぶくらいでは問題ない。 初心者のうちは強く感じられるが、習慣となってくるとまったく問題なく跳べるようになる。